書き散らし

男子女学生

ドライヴ・ミーの・カー

 身が引き締まるような爽やかな寒空の下、私はH自動車学校へ入校の手続きをしに家を出た。私の手には豪勢な食事を数回楽しめる程の金があった。外食に行くとなると前の晩から食事を我慢するくらいの育ちをしてきた私にとってこんな大金は見たことも持ったこともなかった。私は道中暴漢に襲われたときのシュミレーションを幾度となく繰り返してきたがやはり不安であった。鞄の一番奥深くに金を隠し、送迎バスの来るM駅近くで待機をしていた。
 しかし、バスが来ない。時間になっても来ない。だが、私は焦らなかった。基本的にバスは時間ぴったりに来ることはないからだ。5分ほど経過した。こない。来る気配がしない。私はいよいよ焦りだした。10分ほど経過し、ようやくバスが到着した。バスといってもそれは名ばかりのバスであった。実際は人が10人ほど乗れるワゴン車である。一安心して席につくと隣に同級生のO氏がいた。どうやら同じ日に入校するようだ。学校に到着するまで彼と他愛のない会話をしていた。この他愛のない会話が彼との最後の会話であった。
 十数分ほどでバスは教習所に到着した。建物の外観は古く教習車も今ではあまり見かけなくなった旧型の車両であった。建物の見かけは古くても内装は多少はモダンになっているだろうと入るまでは考えていた。しかし、この自動車学校は私の期待を見事なまでに裏切ってくれた。中身はまったく古めかしく技能実習予約の機械だけが誇らしげにに輝いていた。
 私は受付に所定の金額をぴったりと支払い領収書を切ってもらった。その後、入校する人達だけが広い部屋に入れられ自動車を運転して行くにあたり必要な手続きをしていった。持病の有無、障害の有無、適性検査、視力検査、教習原簿に使用する写真撮影などである。そのなかでも適性検査は自身の性格や、運転に際して注意すべき点を把握するためにかなり重要になる検査となっている。問題の内容はここでは記すことはできないが、印象的だったのは文体が非常に古いのである。おそらく数十年前からずっと同じような試験をしてきたのだろうと推察できる。
 一通り検査を済ませた後に技能の予約を取るように指示されたので受付で予約をした。その後、学科の第1回の授業が行われた。運転する際の心構えが云々といった内容であった。
 昼過ぎに授業が終わり私は学校を去った。
 桜よりも早く免許を取るぞと私は意気込んでいた。
 昼過ぎの空は朝の純粋さを忘れたかのように濁っていた。この地域では当たり前のことではあるが・・・